経済の世界には、季節のように「好景気」と「不景気」の波があります。みんなが積極的にお金を使い、企業がたくさん生産する時期もあれば、逆に買い控えや不安から経済が冷え込む時期もあります。この波を放っておくと、社会全体が不安定になってしまいます。
そこで登場するのが「景気政策」です。
景気政策とは、政府や日本銀行(日銀)が中心となって、経済の温度をちょうどよい状態に保とうとする政策のことを指します。言いかえれば、「経済の温度調節」をするようなものです。
経済が熱くなりすぎれば冷やし、冷えすぎれば温める。
まるでエアコンのような役割を果たしています。
この投稿では、そんな「景気のエアコン」をどう操作しているのかを、やさしくひもといていきます。
政府が行う「財政政策」と日本銀行が行う「金融政策」
この2つの違いと、それぞれがどんな場面で使われるのかを、実際の事例とともにわかりやすく説明します。
財政政策と金融政策──だれが何をするのか?
景気を調整するために、国には大きく分けて二つの役割分担があります。
ひとつは政府(財務省など)が行う「財政政策」、もうひとつは日本銀行(日銀)が行う「金融政策」です。両者は目的は同じでも、使う「道具」と「仕組み」がまったく違います。
まず、政府の財政政策とは、国家の「お財布」を通じて景気を動かすことです。たとえば、道路や橋をつくる公共事業を増やしたり減らしたり、あるいは税金を上げ下げしたりして、人々の「使えるお金の量」をコントロールします。簡単に言えば、お金の出入りを直接操作して経済を支えるのが政府の役割です。
一方、日本銀行の金融政策は、社会に出回るお金の「流れ方」そのものを調整します。たとえば、金利(お金を借りるときの利息)を上げ下げして、企業や個人が「お金を借りやすいか、借りにくいか」を変えるのです。あるいは、国債を売買して市場に流れるお金の総量(マネーストック)を増減させます。つまり、経済の血液であるお金の循環スピードを変えるのが日銀の仕事です。
このように、政府は「お金の出し入れ」を通じて、日銀は「お金の流れ方」を通じて、それぞれ別の角度から景気を調整しています。
そしてこの二つを連携させる手法が「ポリシー・ミックス」(政策の組み合わせ)です。政府と日銀が協力して、経済という大きなエンジンの回転をちょうどよいスピードに保つ――これが、現代の景気政策の基本的な考え方なのです。
不況時のインフレ政策──経済が「冷えこんでしまった」とき
景気を立て直すための政策の本質は、「お金が自然と動く流れを取り戻すこと」にあります。
経済とは社会の中でお金が回ってこそ生きていく仕組みです。ところが、景気が悪くなると人々の気持ちは「今はお金を使いたくない」「買ってもムダになるかもしれない」といった方向に傾きます。
こうしてお金の流れが止まると、企業の売上が減り、給料が上がらず、ますます消費が減る――まるで冷たい風が吹き続けるように、経済全体が縮こまってしまうのです。これが「不況」の状態であり、物価が下がり続ける「デフレーション(デフレ)」が起こることもあります。
そこで政府と日銀は、あえて経済を温めるための政策を行います。これがインフレ政策(景気刺激策)です。
目的は、人々の「お金を使いたくなる気持ち」を取り戻すこと。そのために、政府は「お金の出し方」で、日銀は「お金の流れ方」で、それぞれの方法を使って景気を立て直そうとします。
不況時の財政政策
まず政府の財政政策です。
不況のときは、企業の売上が落ち、人々の給料も伸び悩むため、社会全体で「お金を使う力(需要)」が弱くなっています。このままではお金の流れが止まり、経済が冷え込む一方です。
そこで政府は、自らが積極的にお金を使って経済の流れをつくり出すという方法をとります。
たとえば道路や橋の整備、災害からの復旧、地域のインフラ整備などに予算を投じ、公共事業を増やすのです。これによって建設業や関連企業の仕事が増え、そこで働く人々の収入も増えます。収入が増えれば、消費も広がり、再びお金が動き出します。
また、政府は減税によって人々の手元に残るお金を増やすこともあります。たとえば所得税を下げれば可処分所得(自由に使えるお金)が増え、消費税を軽減すれば日々の買い物がしやすくなります。こうして「少し買い物してみよう」「旅行でも行こうか」といった気持ちが広がり、社会全体の需要が拡大していくのです。
つまり、不況時の財政政策は、国が先頭に立ってお金の流れを作り、人々の経済活動を再び動かすための「エンジン」の役割を果たしているのです。
不況時の金融政策
次に、日本銀行の金融政策です。
不況のとき、企業や家庭は「将来が不安だ」と感じてお金を使わなくなります。
企業は投資を控え、個人も借金を避けて貯金を増やそうとします。こうしてお金の流れが滞ると、経済はますます冷えてしまいます。
そこで日銀は、金利を下げてお金を借りやすくすることで、経済に再び流れを作り出そうとします。
金利が下がれば、企業は銀行から資金を借りて新しい工場を建てたり、新製品を開発したりしやすくなります。
また、個人も住宅ローンや自動車ローンの金利負担が軽くなり、「今のうちに買っておこう」と思えるようになります。
このようにして、低金利によってお金が社会に出やすくなり、消費や投資の流れが回復していくのです。
つまり、金融政策は「お金の通り道を広げて、社会に温かい空気を送り込む」ような役割を持っています。
好況時のデフレ政策──経済が「熱くなりすぎた」とき
経済が勢いづきすぎると、人々の「買いたい気持ち(需要)」が企業の「つくる力(供給)」を上回ってしまいます。お店では「少し高くしても売れる」と判断し、企業も原材料や人手を確保するために仕入れ価格や賃金を引き上げます。こうしてモノやサービスの値段が次々と上がっていく
――これがインフレーション(インフレ)です。
物価が上がりすぎると、生活が苦しくなったり、貯金の価値が下がったりする危険があります。そこで政府と日銀は、あえて経済を少し冷やす政策をとります。これがデフレ政策(景気抑制策)です。
好況時の財政政策
まず政府の財政政策です。経済が勢いづくと、人々の購買意欲が高まり、企業の売上も伸びます。すると税収が増えるため、政府の財政には余裕が生まれます。しかしこの状態を放っておくと、「お金を使う人が多すぎる=需要が過剰になる」ため、物価がどんどん上がってしまいます。
そこで政府はあえて支出を減らし、経済に流れ込むお金の量を調整します。たとえば公共事業の予算を抑え、政府自身が使うお金を減らすのです。これによって建設業などへの発注が減り、経済全体の“熱”が少し下がります。
さらに、増税によって人々の手元に残るお金を減らすことも行います。たとえば消費税や所得税を引き上げると、買い物や投資を控える人が増えます。その結果、社会全体の支出がゆるやかになり、需要が落ち着くことで物価の上昇もおさえられるのです。
つまり、好況時の財政政策は「国が財布のひもを締めることで、人々の使いすぎを防ぐ」ためのブレーキなのです。
好況時の金融政策
次に、日本銀行の金融政策です。
好況のときは、企業が次々に設備投資を行い、個人も住宅ローンなどでお金を借りる動きが活発になります。お金の貸し借りが増えすぎると、社会全体で流通するお金の量(マネーストック)が膨らみ、結果として物価が上がってしまいます。
そこで日銀は、金利を高く設定してお金を借りにくくすることで、経済の過熱を防ぎます。たとえば、企業が新しい工場を建てようとしても、金利が高ければ「今は借りるのをやめよう」と判断します。個人も同じで、住宅ローンの金利が上がれば、家を買うタイミングを先延ばしにします。
こうしてお金を借りる動きが落ち着くと、経済に流れ込む資金の量が減り、物価上昇の勢いも自然と抑えられます。
つまり、金融政策は「お金を借りにくくして、お金の流れをゆるめる」ことで、経済の温度を下げる働きをしているのです。
アベノミクスとインフレターゲット──「2%の温度調節」
では、現実の日本ではどんな政策が行われてきたのでしょうか。
その代表例が、西暦2013年(平成25年)から始まったアベノミクスです。
安倍政権は、長く続いたデフレ(物価が下がり続ける状態)を脱するために、日銀に「2%の物価上昇をめざす」よう求めました。これがインフレターゲット政策です。
当時の日本銀行総裁・黒田東彦 氏のもとで、大量の資金供給が行われ、「黒田バズーカ」と呼ばれました。これは、金融市場に大きなインパクトを与えるほどの大胆な金融緩和政策だったのです。
政府も同時に、公共投資の拡大や企業支援を進め、日銀の金融政策と合わせて景気を引き上げようとしました。こうした「財政政策+金融政策」の組み合わせをポリシー・ミックスと呼びます。まさに、政府と日銀がタッグを組んで経済を温めたわけです。
しかし、その効果が広がり始めた頃、政府は消費税を5%から8%へ引き上げ(西暦2014年/平成26年)ました。この増税は、社会保障費の財源確保という目的があったものの、同時に人々の消費意欲を冷やす結果にもなりました。せっかく日銀が大量の資金を供給しても、人々が「これから支出が増える」と感じて財布のひもを締めれば、お金の流れは再び鈍くなってしまうのです。
さらに西暦2019年(令和元年)には、消費税が10%へと引き上げられました。この二度目の増税も社会保障制度を支えるためのものでしたが、結果として再び個人消費にブレーキがかかり、景気の勢いを弱めたと指摘されています。
つまり、アベノミクスは「アクセル(金融緩和)」と「ブレーキ(増税)」を同時に踏むような難しい局面に立たされたとも言えます。政策の方向としては景気刺激でしたが、実際の効果は税負担によって薄められてしまったという評価が多いのです。
まとめ──経済は「温度のバランス」でできている
景気政策とは、簡単に言えば経済の温度をちょうどよく保つしくみです。
冷えすぎれば政府と日銀が温め、熱くなりすぎれば冷ます。こうして、経済という大きなエンジンを安全に動かしていくのが、景気政策の役割です。
不況のときも好況のときも、「人々の気持ち=お金の流れ」を見つめながら調整する。そこに、国の知恵と経験が生きているのです。


