あなたはコンビニでアイスを買うとき、「夏は高くてもすぐ売り切れるのに、冬は安くても余っているな」と感じたことはありませんか?あるいは、スマホの料金が高すぎると不満を抱いたことはありませんか?
こうした出来事の背景には「市場」という仕組みが働いています。
スーパーで食材を買うときも、スマホを契約するときも、需要と供給のバランスで価格が決まり、その価格を手がかりに人々や企業が意思決定をしています。この仕組みを「市場メカニズム」と呼びます。
ところが、この市場メカニズムがうまく機能しないことがあります。つまり、価格が本来持っている「自動調整作用」が働かず、資源が効率的に配分されない状態になるのです。これを「市場の失敗」と言います。
市場の失敗が生じると、暮らしの中に不公平や不便が生まれるため、政府の介入が必要になります。
本稿では、代表的な市場の失敗をいくつか紹介していきましょう。
独占・寡占の問題
最初に考えられるのは「独占・寡占」です。独占とは一つの企業が市場を支配してしまう状態、寡占とは少数の企業だけが市場をコントロールする状態を指します。
例えば、日本で携帯電話会社が3社程度に限られていることを思い出してください。もしその3社が同じように料金を高めに設定したら、私たちはほとんど選択肢がなく、割高な料金を支払わざるを得ません。このように「管理価格」と呼ばれる状態になると、消費者にとって不利益が生じ、社会全体の資源配分も効率を失ってしまいます。
独占や寡占は、新規の企業が参入しづらいことから、長期的に競争が生まれにくいのも特徴です。そのため、政府は「独占禁止法」を定め、企業間の競争を保つようにしています。
詳しくは、以下の原稿をご覧ください。
自然独占の問題
次に「自然独占」というケースがあります。これは、特定の産業において「1社だけが事業を担う方が効率的になってしまう」現象です。
典型的なのが、水道や電気、鉄道などのインフラ産業です。水道管を敷設するには莫大な初期費用がかかりますが、一度整備されれば利用者が増えるほどコストは下がっていきます。これを「規模の経済(スケールメリット)」と呼びます。
もし複数の企業が同じ地域に水道管を引こうとすれば、道路は工事だらけになり、コストもかえって膨らんでしまいます。だからこそ、現実的には一社が地域を独占する「自然独占」が起こりやすいのです。
しかし自然独占に任せきりにすると、企業が競争しないため価格が高止まりし、サービスも不十分になりかねません。そこで政府は、料金を規制したり補助金を出したりして、消費者にとって公平な供給が確保されるように介入しています。
公共財という特別な財
市場の失敗の中で特に重要なのが「公共財」です。公共財とは、誰でも利用でき、しかも一人が利用しても他の人の利用が妨げられない財やサービスのことです。
例えば道路や公園、警察や消防、国防などが代表例です。もし道路を「有料で通行できる人だけのもの」にしてしまったらどうでしょうか。毎日の通学や通勤に大きな不便が生じてしまいます。また、火事が起きたときに「お金を払えない人の家は消火しません」となったら、火が広がって周囲の人々にも被害が及んでしまいます。
公共財は「非競合性」(一人が使っても他の人も同時に利用できる)と「非排除性」(料金を払わなくても利用できてしまう)の特徴を持っています。そのため、料金で需要と供給を調整できず、民間企業は利益を出しにくいのです。このため、多くの公共財は国や地方自治体が税金を使って提供しています。
外部性の問題(正の外部性と負の外部性)
ここまで見てきた独占や公共財の問題だけでなく、人々の活動が周囲に思わぬ影響を及ぼす「外部性」も、市場の失敗の一つです。
正の外部性(外部経済)とは、市場を通さずに他の人に利益を与えてしまう現象です。例えば、ある家の近くに鉄道やショッピングセンターができれば、土地や家の価値が自然と高まります。本人が努力しなくても、周囲の開発によって思わぬ利益を得るわけです。また、果樹園の隣に養蜂業者がいると、ミツバチが花粉を運んで実りがよくなり、両者にとって利益が生まれることもあります。
一方、負の外部性(外部不経済)は逆に、市場を通さずに他の人に不利益を与えてしまう現象です。代表的な例は交通渋滞です。大型ショッピングセンターができると、多くの車が集まって道路が混雑し、近隣住民が日常生活で不便を被ります。また、観光客の急増で地域の住民がプライバシーを失ったり、工場の排煙で公害が発生したりするケースも典型例です。
このような負の外部性に対しては、国や自治体が法律や課税で規制することが望ましいとされています。「汚染者負担の原則(PPP)」や「拡大生産者責任(EPR)」といった考え方によって、原因をつくった企業に責任を取らせる仕組みも導入されています。
情報の非対称性
次に「情報の非対称性」です。これは、売り手と買い手の一方だけが十分な情報を持っていて、もう一方は持っていない状態のことを指します。
中古車市場を例に考えてみましょう。売り手は車の過去の事故歴や修理歴を知っていますが、買い手はそれを知らずに「見た目がきれいだから大丈夫だろう」と思って購入してしまうことがあります。その結果、品質に見合わない高い価格で買ってしまうことがあるのです。
労働市場でも同じようなことが起きます。働き手が「この会社は人をどれくらい必要としているのか」「自分の能力はいくらで評価されるのか」を正確に知るのは難しいものです。情報の非対称性が大きいと、公平な取引が成立しにくくなってしまいます。
こうした問題を解決するために、公的な品質保証制度や返品制度、求人情報の公開などが整えられています。
格差と所得再分配
最後に格差の問題があります。市場メカニズムは需要と供給のバランスで価格を決めますが、そこには「人々の生活を平等に保障する仕組み」が含まれていません。そのため、収入の差はそのまま拡大し、格差が広がってしまうことがあります。
この格差を是正するために、政府は「所得再分配」の政策を行います。代表的なものは累進課税と社会保障です。累進課税は、所得が高い人ほど税率を高くする制度で、税金を通じて富の一部を社会全体に還元する役割を果たしています。また、生活が困難な人には生活保護や医療費助成といった社会保障が提供されます。
こうした制度があることで、市場の冷たい競争原理だけでは守れない人々の生活を支え、社会の安定につなげているのです。
政府の失敗という逆説
ここまで「市場の失敗」を見てきましたが、最後に注意しておきたいのが「政府の失敗」です。
市場に問題があるからといって、政府が過剰に介入すると、かえって状況を悪化させることがあります。例えば、自由競争で自然に調整されるはずの取引に、過度な規制や補助金を加えることで、逆に非効率や不公平を生み出してしまうのです。
この「政府の失敗」という言葉は、とくに「小さな政府」を支持する立場の人々によく使われます。イメージとしては、子どもの喧嘩に親が出てきて大人の力で無理に解決しようとするようなものです。本来は子ども同士で収まる話が、かえってこじれてしまう、そんな場面を想像すると理解しやすいでしょう。
つまり、市場と政府のバランスをどう取るかは、経済における大きなテーマなのです。
まとめ
市場は「神の見えざる手」と呼ばれるほど、社会を自動的に動かす力を持っています。しかし、その力だけに頼ると、独占や公共財の不足、情報の格差や所得の格差といった問題が生じます。これこそが「市場の失敗」です。
だからこそ、政府がルールを整えたり、税金を使ってサービスを提供したりすることで、社会のバランスを取る必要があります。
経済を学ぶことは、単に仕組みを知ることにとどまりません。「なぜ料金はこうなっているのか」「なぜ税金が必要なのか」と考えることで、ニュースや日常の出来事が違って見えてくるはずです。あなたの生活の中に潜む「市場の失敗」を探してみると、経済がぐっと身近に感じられるのではないでしょうか。



