財布の中の1万円札を、じっと見つめたことがありますか?
それはただの紙。燃やせば灰になるし、絵として飾るには地味です。
それなのに、私たちはその一枚に「1万円分の価値がある」と信じています。コンビニでおにぎりを買うときも、スマホでアプリを課金するときも、誰も疑うことなく「通貨」として受け取ってくれます。
日本では円、アメリカではドル、ヨーロッパではユーロ、イギリスではポンド、中国では人民元――世界中でそれぞれの国の通貨が流通しています。けれども、どの国の通貨も、金や銀と交換できる「モノの価値」ではなく、「このお金は必ず使える」という人々の信頼によって支えられています。
つまり、通貨とは単なる紙や金属ではなく、社会全体が共有する「信頼の約束」なのです。私たちはその約束を信じ、日々の生活を動かしています。
では、そんな通貨にはどんな力があるのでしょうか?
まず貨幣の歴史に簡単に触れたのちに、貨幣の持つ4つの力について言及していくことにします。
貨幣のはじまり――「信頼」で成り立つお金へ
私たちが今、何気なく使っているお金にも、長い進化の歴史があります。
物品貨幣
もともと「お金」とは、食べ物や道具などの物々交換を便利にするための道具として生まれました。最初に使われたのは、貝殻や石、布などの物品貨幣です。きれいな貝や珍しい石など、みんなが「これには価値がある」と思うものが選ばれたのです。
金属貨幣
やがて、より持ち運びやすく、価値を計りやすい金属貨幣へと発展しました。
初めのころは、金や銀そのものに価値があると考えられていました。たとえば、取引のときに「この金のかたまりは何グラムあるか」をはかりで量って支払いに使っていたのです。このように、金属の重さ(=秤量)で価値を決めるお金を「秤量貨幣」といいます。
しかし、時がたつにつれて、金属を同じ形や重さで作る鋳造技術が発達しました。すると、一つひとつを量らなくても、「このコイン1枚は必ず○○の価値がある」と決められるようになったのです。これが計数貨幣です。たとえば、江戸時代の寛永通宝や小判は、その代表です。「この銭が5枚あれば5文、小判が2枚あれば2両」と、数を数えるだけで価値がわかるようになり、取引がぐっとスムーズになりました。
信用貨幣
そして現在、私たちが使っているのは、信用貨幣と呼びます。
1万円札や100円玉の素材自体には、ほとんど価値がありません。それでも、誰もがそれをお金として受け取り、使っています。なぜなら、そこにあるのは「これは確かにお金だ」と信じる社会全体の信頼だからです。
かつては、紙幣と金の交換が保証される「金本位制」の時代もありました。そのころの紙幣は「兌換紙幣」と呼ばれ、「1万円=金何グラム」といった約束のもとに発行されていました。「金本位制」は、昭和恐慌を抜け出す際に廃止され、現在の通貨制度に移行することになりました。
今では、紙幣を金や銀と交換することはできません。1万円札を銀行に持って行っても、「この金額分の金をください」とは言えないのです。それでも私たちは、その紙を「確かに1万円の価値がある」と信じて使っています。現在の紙幣は「不換紙幣」と呼ばれます。「不換」とは「ほかのものと交換できない」という意味です。
では、なぜ交換できない紙切れに価値があるのでしょうか。
それは、日本という国家の信用と、国民の信頼によって成り立っているからです。
私たちは「日本銀行が発行しているお金なら必ず使える」と信じていますし、お店の人も「円で支払われれば確かに受け取ったことになる」と信じています。この「社会全体の信頼の連鎖」こそが、紙幣の価値を支えているのです。
金本位制から管理通貨制度への変遷の話は以下のコンテンツにとても詳しく掲載されています。
――次の章では、その「4つの機能」を見ていきましょう。
通貨の4つの機能――価値・貯蔵・交換・決済の経済学
通貨は、単に「モノを買うための紙や金属」ではありません。
通貨とは、「流通する貨幣」のことを言います。社会の中で通貨が機能しているのは、それが信頼に基づく制度的な仕組みだからです。
ここでは、その通貨が果たしている4つの基本的な役割を、順を追って考えてみましょう。
価値尺度 ――「社会を動かす共通のものさし」
通貨の第一の機能は、「価値尺度」つまりものの価値を測るための基準になることです。
私たちは普段、「ノートは200円」「映画のチケットは1,800円」「スマホは10万円」といったように、あらゆる財やサービスの価値を円という単位で表します。
このように通貨が共通の基準を与えることで、社会の中のあらゆるものを比較できるようになるのです。たとえば、もしパン職人がパンを売って新しいオーブンを買いたいとき、「パン何個分で買えるのか」を計算できるのは、通貨が価値の基準として機能しているからです。
つまり通貨は、社会全体における価値の共通言語といえます。
通貨があることで、人々は合理的な判断を下し、価格を通じて社会の資源をどのように分配するかを決めることができるのです。
価値貯蔵 ――「時間を超えて価値を運ぶ」
通貨の第二の機能は「価値貯蔵」、つまり通貨が時間を超えて価値を保持し、将来の取引や支払いに使えるという働きを指します。
私たちは、今日働いて得たお金を、明日、来月、あるいは数年後に使うことができます。この「使う時期を自由に選べる」という点こそ、通貨が他の財と異なる大きな特徴です。
たとえば、果物や野菜は時間がたてば腐ります。家電製品も、長く使えば壊れます。けれども、お金そのものは時間がたっても本質的な価値を失いません。だからこそ、私たちは「貯金」や「貯蓄」を行い、将来の支出に備えることができるのです。もちろん、物価が上がれば通貨の購買力は少しずつ下がります。それでも、通貨は他のどんな財よりも長期的に安定して価値を保つ手段として信頼されています。
交換手段 ――「人と人をつなぐ仲介者」
通貨の第三の機能の「交換手段」とは、財やサービスを取引するときに直接の物々交換をせず、通貨を介して価値をやり取りする機能のことを指します。つまり、通貨を媒介にすることで「モノとモノ」ではなく「モノとお金」の交換が成立する――これが通貨の最も基本的で日常的な役割です。
もし通貨がなければ、私たちは今でも「物々交換」をしなければならなかったでしょう。たとえば、あなたがパンを作っていて、友人が魚を釣っているとします。あなたが魚をほしいと思っても、その友人が「今日はパンはいらない」と言えば、取引は成立しません。
そこで登場するのが通貨です。
パンを売ってお金を得ることで、あなたは魚以外のものも自由に買うことができます。通貨は、売る人と買う人を結びつける橋のような存在です。
このように通貨を介して財やサービスがやり取りされる仕組みを「流通」と呼びます。
通貨が社会の中をスムーズに流れているからこそ、私たちは生産と消費を分業し、効率的な社会を築くことができるのです。
支払手段 ――「約束を果たす信頼の証」
通貨にはもう一つの重要な役割があります。
それが「支払手段」としての機能です。これは、債務や取引の約束を清算するために通貨を用いる機能のことです。つまり、「支払う」ことで経済的な約束を完了させる働きを指します。
たとえば、「来月に授業料を払います」「アルバイトの給料は25日に支給されます」といったように、現代社会の多くの取引は“後払い”の形で成り立っています。
そしてその約束を果たすとき、通貨が登場します。支払いが行われた瞬間、債務(=借り)が消え、信頼関係が回復するのです。
この「支払手段」は、厳密には先ほどの「交換手段」の一部に含まれます。
しかし、人と人との約束を守るという意味では、より社会的・倫理的な重みを持つ機能だといえるでしょう。
通貨を支払うという行為は、単なる数字の移動ではなく、「信頼を返す」行為なのです。
まとめ――通貨が支える社会の信頼構造
通貨とは、単なる紙や金属ではなく、社会の中で人々が共有する「信頼の仕組み」です。
私たちはその信頼を前提に、モノを買い、サービスを受け、生活を成り立たせています。この信頼の構造を支えるのが、通貨の4つの機能でした。
通貨は、
- 価値を測る(価値尺度)ことで経済活動の基準を与え、
- 価値をためる(価値貯蔵)ことで未来への計画を可能にし、
- 取引を仲立ちする(交換手段)ことで社会の流れを円滑にし、
- 約束を果たす(支払手段)ことで人と人との信頼を形にします。
こうした機能がすべてそろってはじめて、通貨は「社会の血液」として経済を循環させることができるのです。言いかえれば、通貨とは私たちが「信頼を目に見える形でやり取りする道具」なのです。



