あなたは最後に現金を使ったのはいつでしょうか。
もしかすると、コンビニでも交通機関でもスマホ一つで支払いを済ませている人も多いかもしれません。手に触れられる「お金」をほとんど見ないまま、私たちは生活しています。しかし、スマホの中の残高も、銀行口座の数字も、そして財布の中の1,000円札も――すべて「通貨」です。
見た目も手触りも違うのに、なぜどれも“同じお金”として扱われるのでしょうか?
その答えを知ることが、「通貨の種類」を学ぶ意義です。
通貨の種類を理解するということは、お金の裏にある信頼の仕組みと社会のルールを知ることにほかなりません。どのような通貨がどのように発行され、どのように使われているのかを知ると、私たちが日々の暮らしで触れている“見えない経済の流れ”が見えてきます。そして何より、このテーマは「現代のキャッシュレス社会をどう生きるか」という問いにもつながります。
お金の形が変わるたびに、社会の仕組みも少しずつ姿を変えてきました。
だからこそ、通貨の種類を学ぶことは
――「お金の歴史」を通して「社会の現在」を読み解く学び
でもあるのです。
それでは、通貨の世界をひとつずつ見ていきましょう。
現金通貨――もっとも身近な“お金”
まずは最もわかりやすい通貨、現金通貨(キャッシュ)です。現金通貨とは、人々が直接手にして使うことができる通貨のことをいいます。経済学の定義では、「金融機関以外の一般の人々が保有する紙幣と硬貨」を指し、銀行の口座残高や電子マネーなどの数字上のお金とは区別されます。
財布の中にある紙幣や硬貨――これが現金通貨です。
紙幣は日本銀行が発行する日本銀行券であり、実際の印刷は国立印刷局が行っています。国立印刷局は東京都北区の王子本局を中心に、静岡、彦根、岡山など全国に複数の工場を持ち、そこで私たちの手に渡るお札が印刷されています。
一方、硬貨は政府(財務省)が発行するもので、金属を溶かして型に流し込む「鋳造」という工程で作られていることから「鋳造貨幣」と言えるのですが、法制度上では「補助貨幣」と呼ばれています。具体的には、500円玉、100円玉、50円玉、10円玉、5円玉及び1円玉がこれにあたります。この硬貨の製造を担っているのが独立行政法人(経済三主体の1つである「企業」の中にありましたね!)の造幣局で、本局は大阪市北区天満にあり、広島とさいたまにも支局があります。
では、なぜ紙幣と硬貨で発行主体が異なるのでしょうか。その理由は、通貨の性格と発行目的の違いにあります。
紙幣は、日本銀行が国の金融政策を担う「中央銀行」として発行する信用貨幣です。「信用貨幣」とは、金や銀などの実物の価値に裏づけられていないけれど、人々が「これはお金として使える」と信じていることで成り立つ通貨のことです。かつては紙幣と金の交換が保障されていました(これを「金本位制」と言います)が、現在の1万円札には「金○グラムと交換できます」という約束はありません。それでも私たちが1万円札を信頼して使えるのは、日本銀行と日本という国家の信用があるからなのです。日本銀行はこの「信用にもとづく通貨」を発行し、世の中にどれだけのお金を流すか(通貨供給量)を調整する役割を果たしています。
一方、硬貨は政府が発行する「国家の貨幣」であり、日常生活の中で小さな支払いを円滑に行うために使われる実用的な通貨です。お札ほど経済全体を動かす性格は強くありませんが、日々の買い物や交通などの現場で、人々が直接手にして使う生活に根ざしたお金として重要な役割を果たしています。
発行主体は異なっても、どちらも日本経済を支える信頼のもとに成り立っています。
ちなみに、「キャッシュ」という言葉は「現金」を意味します。英語では「cash payment(キャッシュペイメント)」といえば「現金払い」のことを指します。「キャッシュカード=現金」ではないので、少し注意が必要ですね。
預金通貨――目に見えない“通貨”
キャッシュレス決済が当たり前になった現代では、私たちは日常的に「目に見えない通貨」を使っています。銀行口座に預けたお金をスマホアプリやカードで支払うとき、実際には紙幣や硬貨が動くわけではありません。しかし、その数字のやり取りこそ、預金通貨と呼ばれる立派な“お金”の流通なのです。
預金通貨とは、銀行などの金融機関に預けられたお金のうち、いつでも引き出して使えるものを指します。
普通預金や当座預金がその代表です。
普通預金は、私たちが最もよく利用するタイプで、ATMでの出し入れやスマホ決済などを通じて日々の買い物や送金に使われます。預けていると利子がつきます。このように「いつでも支払いに使える」という性格をもつため、経済学的には紙幣や硬貨と同じく「通貨」に分類されるのです。
一方、当座預金は、主に企業が使う特別な口座です。小切手や手形による支払いに用いられ、現金を直接扱わずに大口の取引を安全かつ効率的に行うことができます。当座預金は利子がつかず、あくまで決済を目的とした口座という点で、普通預金とは異なります。たとえば会社が仕入れ先に小切手を渡すと、それを受け取った側が銀行に持ち込み、当座預金からお金が引き落とされる――この仕組みが、企業の支払いを支えているのです。
つまり、預金通貨は「手に取るお金」ではなく、「数字として動くお金」です。
私たちがスマホで支払うたびに、銀行の中ではこの“数字の通貨”が目まぐるしく行き交っています。
ちなみに、長期間動きのない休眠預金も、こうした預金通貨の一部です。
放置されたままの預金は現在700億円を超えるともいわれ、社会に眠る“見えない通貨”の姿を映し出しています。
準通貨――すぐには使えない“貯める通貨”
ここまで見てきた現金通貨や預金通貨は、いつでもすぐに支払いに使うことができる通貨でした。
一方で、同じ「預けるお金」であっても、すぐには引き出せないものがあります。それが準通貨です。
準通貨の代表は、定期預金です。
定期預金は、あらかじめ決めた期間――たとえば1年や3年――が経たないと引き出せません。満期まで預ける代わりに、普通預金よりも少し高い利子(利息)がつくのが特徴です。そのため、将来のためにお金を貯める目的で利用されることが多いのです。経済学では、「いつでも支払いに使える」お金を流動性が高いと言います。逆に、引き出しに時間がかかる定期預金などは、流動性が低いとされます。
つまり、準通貨とは、すぐには使えないが、いずれ使うことができる貯める通貨なのです。
定期預金のほかにも、満期まで換金できない金融商品(たとえば国債の一部や定期積立など)も、広い意味で準通貨に含まれることがあります。
これらは直接お店での支払いには使えませんが、経済全体で見れば「将来の消費や投資を支える通貨」として重要な役割を果たしています。私たちの身近な生活でいえば、学費や旅行資金を貯めるために口座を分けておくことも、広い意味で準通貨の発想に近いと言えるでしょう。
すぐには使わないけれど、確かに「将来の自分を支えるお金」――それが準通貨の本質なのです。
その他: 電子マネー・地域通貨・仮想通貨――通貨のかたちが変わるとき
さて、ここまでで私たちは、「手に取るお金(現金通貨)」「数字で動くお金(預金通貨)」「貯めておくお金(準通貨)」という3つの通貨を見てきました。
では、スマートフォンの中にある残高や、ネット上の仮想通貨は、いったいどんな「お金」なのでしょうか。現代社会では、通貨の姿がこれまで以上に多様になっています。
電子マネー――データとして動く“即時の通貨”
コンビニや駅の改札で「ピッ」とタッチして支払いを済ませる――このときに使われているのが電子マネーです。
JR東日本が発行しているSuica(スイカ)や首都圏の私鉄などが発行しているPASMO(パスモ)、大手コンビニエンスストアのセブン・イレブンが発行しているnanaco(ナナコ)などがその代表で、あらかじめ現金をチャージして使うプリペイド型が主流です。
電子マネーの残高は実際の紙幣や硬貨ではありませんが、使う人・お店・発行会社の間で「このデータはお金と同じ価値がある」と信頼が成り立っているため、通貨の一種として機能しています。
つまり、電子マネーとは、信頼がデータの形を取った通貨なのです。
この仕組みは、私たちの生活をとても便利にしました。財布を開けずに支払いができ、交通機関やネットショッピングでも即座に決済が完了します。しかし同時に、電子マネーの残高は現金のように目で確認できず、「データの管理」が新たな信頼の基盤になっている点も特徴です。
通貨の姿が変わっても、やはり社会は「信頼」の上に成り立っている――それが電子マネーの世界なのです。
地域通貨――“つながり”を育てるお金
もう一つの新しい形が地域通貨です。
これは、特定の地域の中だけで使える通貨で、地域経済を活性化させたり、人と人とのつながりを深めたりする目的で発行されます。たとえば、商店街で使える「○○プレミアム商品券」や、地域イベントで配られるポイント券なども、広い意味では地域通貨に含まれます。
また、岐阜県の高山市や飛騨市や白川村などの「さるぼぼコイン」や埼玉県深谷市の「ネギー」などという独自の地域通貨が実際に使われています。これらは日本円と直接交換できるものもあれば、地域のボランティア活動などを通じて得られるタイプもあります。
地域通貨の魅力は、お金の流れを地域の中に循環させることです。「お金を使う」という行為が、「地域に貢献する」という行為に重なる――それが、地域通貨が目指す“新しい経済のかたち”なのです。
仮想通貨(暗号資産)――国境を越える“信頼のコード”
そして最後に、インターネット上でやり取りされる仮想通貨です。
代表的なものにビットコイン(Bitcoin)やイーサリアム(Ethereum)などがあります。
仮想通貨は、中央銀行や政府が発行するものではありません。
その代わりに、世界中のネットワーク上で取引記録を共有・管理する「ブロックチェーン」という技術によって、第三者を介さずに信頼を担保しています。この仕組みは、「誰が発行するか」ではなく、「どのように正確さと透明性を保つか」に重きを置く、新しい信頼の形です。
つまり、仮想通貨とは技術によって支えられた信頼の通貨なのです。ただし、価格の変動が大きかったり、犯罪利用の懸念があったりと、課題も多くあります。
それでも仮想通貨は、国家を超えた新しい経済の仕組みとして、世界中で注目され続けています。
まとめ――通貨のかたちと、人々の信頼
ここまで見てきたように、通貨にはいくつもの姿があります。
手に取って支払う現金通貨、数字として動く預金通貨、将来のために貯める準通貨、そしてデータや地域のつながり、技術の進歩によって新しい形を取る電子マネーや仮想通貨。
それぞれの通貨は使い方も仕組みも異なりますが、共通しているのは「信頼によって成り立っている」という点です。誰かが「このお金には価値がある」と信じ、他の人もそれを受け入れる――その「信頼の連鎖」こそが、社会の経済活動を動かしているのです。
私たちは、通貨を通して「目に見えない社会の約束」を日々交わしています。現金であれ、スマホの残高であれ、その根底には「この社会では必ず使える」という共通の信頼があります。だからこそ、通貨の種類を理解することは、単なる経済知識ではなく、「社会を支える見えない信頼の仕組み」を学ぶことでもあるのです。お金の形が変わるたびに、人と人との関わり方や社会の制度も少しずつ姿を変えてきました。これからもAIやブロックチェーンなどの新しい技術が通貨のあり方を変えていくでしょう。
けれども、どんなに形が変わっても――その価値を支えるのは、やはり「人々の信頼」です。
通貨を知ることは、社会を信じるとはどういうことかを考えること。
そしてそれは、政治・経済・倫理を貫く学びの原点でもあります。
次の章では、こうして社会の中を流れている通貨が、どれだけの量で、どのように動いているのか?すなわち「マネーストック(通貨の総量)」について見ていきましょう。
通貨の「しくみ」から「流れ」へ。ここから先は、経済を動かすお金のダイナミズムに迫ります。


