【中学歴史】 四大文明(3) – インダス文明についてわかりやすく解説

世界の古代文明と宗教のおこり 中学歴史
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今回は、四大文明の1つである「インダス文明」についてわかりやすく解説していきます。

インダス文明の具体的な説明に入る前提として、「文明」が発展するための世界的な傾向についてまとめてみたのでそれを学習します。

その後に、「インダス文明」がいつ?どこの大河の流域で?起こって、どんな特徴があるのかを見ていきたいと思います。

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そもそも四大文明とは?

四大文明についてのあらまし

四大文明とは次の4つの文明のことを指し、いずれも温暖な地域で大きな川の近くで起こりました。農耕牧畜が川の流域で行われるようになったからです。

文明名発展した川の流域文字
メソポタミア文明チグリス川・ユーフラテス川くさび形文字
エジプト文明ナイル川象形文字
インダス文明インダス川インダス文字
中国(チャイナ)文明黄河・長江甲骨文字

インダス文明以外の四大文明の説明についてはこちらを参照してください。

文明の特徴

特に、アフリカやアジア地域の大河の近くでは灌漑(かんがい)が行われました。灌漑というのは、農耕に必要な水を川などから水路を作って活用することを言います。水路を作るには大規模な工事が必要になります。その際に税金を集めたり事務を行うにあたって文字を使って様々な記録をしていきます。したがって、文明が起こった地域には文字が使われました。

灌漑が行われることで、穀物(こくもつ)を育てることに成功します。穀物とは、農作物のうちで種子を食用とするために栽培されるものを言います(スーパー大辞林3.0(三省堂)より)。1粒の種子からたくさんの実を収穫できるので、多くの人たちの生活を支えることに成功しました。稲穂を想像したら明らかですね!

日本では五穀(ごこく)と言って、米・麦・粟(あわ)・黍(きび)または稗(ひえ)及び豆を言います。五穀豊穣(ごこくほうじょう)という言葉がありますね。穀物が豊かに実るといいなぁという願いがこめられています。これらの食物は今でも私たちの生活を支える大切な農作物ですね。
五穀以外にも、穀物にはトウモロコシなどがあります。

また、金属器として青銅器鉄器が発達し、貿易や農業の生産性も大きく向上します。

このようにして大河の流域には都市が誕生しました。

金属器や文字や都市を備えた社会の状態のことを文明と呼んでいて、世界各地で文明が生まれました。中学校の教科書では特に四大文明と呼んで、上の4つの地域のことについて勉強していきます。

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インダス文明

インダス文明は、紀元前2300年にインダス川流域で起こった文明です。

インダス川流域には、モヘンジョ=ダロやハラッパといった場所に遺跡が残っています。

文字はいまだ解読されていないインダス文字が使われていたことが分かっています。

紀元前1500年にカイバル峠を越えてアーリア人がインドに流れてきました。ちなみに、アーリア人がインドに侵入してくるまではどんな人たちがインダス文明を築いていたのかが分かっていません。

さて、アーリア人はバラモン教という宗教を信仰していました。そして、アーリア人はインドにバラモン教に基づくカースト制と呼ばれる身分制度を取り入れていきました。

聖典「リグ=ヴェーダ」の読める神官のバラモンという階級が一番上で、次いでクシャトリアと呼ばれる貴族や武士、ヴァイシャという一般市民がいて、先住民はシュードラという奴隷の身分にしました。カースト制度の身分を細かく分けていくと3000ぐらいになるそうです。

紀元前1000年頃に鉄器が伝来し、アーリア人はガンジス川流域の森林地帯にまで勢力を伸ばして森林を開発して農業を始めました。

 

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