【中学歴史・国史(日本史)】黄泉国でのできごとから天照大御神の誕生までをわかりすく解説

日本の肇国を知ろう 記紀における日本の肇国
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今回は、日本の神話が掲載されている「古事記」や「日本書紀」の中で語られている伊耶那岐神が「黄泉国(よみのくに)」に行かれてから「天照大御神の誕生」までのストーリーをわかりやすく解説していきます。

神様の名前を欲張って覚える必要はありません。大切な言葉については丁寧に解説しています。覚えてほしい神様については強調してあるので、そこだけ覚えてくれたらよいです。

まほろば社会科研究室の日本神話に関する記述は大雑把なものなので、くわしく「古事記」や「日本書紀」について勉強してみたいという人は、別で本を読んでみることをオススメします。

なお、このコンテンツは、竹田恒泰「現代語古事記」(学研)を参考にして作成しております。

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なお、このコンテンツは下記コンテンツのお話の続きです。

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伊耶那岐神、黄泉国(よみのくに)で伊耶那美神と再会する

伊耶那岐神(いざなぎのかみ)は妻であった伊耶那美神(いざなみのかみ)が神避(かむさ)りあそばされて大変お悲しみになっていました。

伊耶那岐神はあまりに悲しかったので、伊耶那岐神は伊耶那美神がいらっしゃる黄泉国(よみのくに)へお出かけになりました。黄泉国というのは死者の世界のことです。

伊耶那岐神は伊耶那美神と黄泉国の伊耶那美神の御殿で再会なさいます。「まだ神生みは終わっていないので一緒に帰ろう」と伊耶那岐神は伊耶那美神に対してお話しなさいました。しかし、伊耶那美神は「私は黄泉国の食べ物を食べてしまったので、もう戻ることはできません」と返答なさいました。さらに、「何とか帰りたいと思うので、黄泉国の神々に相談しに行きます。その間、決して私を見ないでください。」と伊耶那岐神に告げました。そして伊耶那美神は御殿の戸を閉めました。

伊耶那岐神、黄泉国から逃げる

しかし「見るな」と言われたら見たくなってしまうのが性(さが)ってものですよね。伊耶那岐神は御殿の戸を開けてしまいました。御殿の中は真っ暗です。伊耶那岐神は櫛(くし)の歯を一本折って一つ火を灯しました。そうしたら、腐敗してうじにまみれた変わり果てたら伊耶那美神のお姿がありました。伊耶那岐神はビックリして逃げます。

伊耶那美神は醜い姿を見られてしまったので、

「よくも私に恥をかかせたなあ~。」

と仰せになって、予母都志許売(よもつしこめ)という醜女(しこめ)に伊耶那岐神を追いかけさせます。伊耶那岐神は必死に逃げます。予母都志許売(よもつしこめ)に追いつかれそうになったので、伊耶那岐神は髪に巻き付けていた黒御縵(くろみかずら)という蔓草(つるくさ)を投げました。すると、蔓(つる)が勢いよく茂り、ブドウの実がなったのです。予母都志許売(よもつしこめ)はブドウにむしゃぶりつきました。その隙に伊耶那岐神は逃げます。

しかし、予母都志許売(よもつしこめ)はブドウをあっという間にたいらげてまた伊耶那岐神を追っかけてきました。次に、伊耶那岐神は湯津津間櫛(ゆつつまぐし)という神聖な櫛を予母都志許売(よもつしこめ)に投げつけました。すると、今度はタケノコが生えてきました。予母都志許売(よもつしこめ)はタケノコを抜いて次々に食べていきます。その隙に伊耶那岐神は逃げました。

しかし、伊耶那岐神を追ってくるのは予母都志許売(よもつしこめ)だけではありません。八種の雷神(いかづちのかみ)や1500の黄泉の軍勢までも追っかけてきました。伊耶那岐神は必死で逃げます。

ようやく黄泉国と現実の世界の境にある黄泉比良坂(よもつひらさか)までやってきました。そこに1本の桃の木を見つけました。急いで桃の実を3個取って投げつけると、悪霊たちはすっかり勢いを失い、逃げ帰りました。

最後の最後に、腐りウジがわいた自らの身体を引きずって伊耶那美神が追っかけてきました。伊耶那岐神は1000人かがりでようやく動かせるという岩で黄泉比良坂(よもつひらさか)を塞ぎました。そしてこの岩を挟んで向き合いました。伊耶那岐神は夫婦離別の呪文を述べました。

すると、伊耶那美神は仰いました。
「あなたの国の人々を1日に1000人絞め殺しましょう」

伊耶那岐神は答えられました。
「そうしたら、私は1日に1500の産屋を建てましょう」

この日以来、人間には寿命が設けられ、毎日一定の人が命を落とすことになりました。また、伊耶那岐神が「1500の産屋を建てましょう」と言ったことで、死ぬ人の数よりも多くの人が生まれることになりました。

このようにして2柱(はしら)の神様は永遠に決別なさいました。

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伊耶那岐神、禊(みそぎ)をする。

黄泉国からお帰りになった伊耶那岐神は、自らの身を清めるために禊祓(みそぎはらい)をなさいます。伊耶那岐神は御身(みみ)に着けていらっしゃるもの(杖・帯・袋・衣服・袴・冠・腕輪)を次々とお外しになりました。この時に、6柱の陸路の神と6柱の海路の神々が成りました。

伊耶那岐神は、身につけていらっしゃったものを全てお外しになった後で禊(みそぎ)をお始めになりました。この時にも、14柱の神々が順に成りました。

伊耶那岐神は最後に顔をおすすぎになりました。

左の御目(みめ)をお洗いになった時に成ったのが、天に照りたもう神である天照大御神(あまてらすおおみかみ)が成りました。右の御目(みめ)をお洗いになった時に成ったのが、月の神である月読命(つくよみのみこと)が成りました。御鼻(みはな)をお洗いになった時に成ったのが、嵐の如く荒れすさぶる神である建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)でした。

伊耶那岐神、三貴士に「知らす」を命ぜられる

天照大神(あまてらすおおみかみ)と月読命(つくよみのみこと)と建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)は、たくさん生んできた果てに3柱の尊い子ということで、三貴士(みはしらのずのみこ)と仰せになりました。

伊耶那岐神は三貴士(みはしらのずのみこ)に対して以下のように命ぜられました。

まず、天照大神(あまてらすおおみかみ)には伊耶那岐神が付けていらっしゃった首飾りを天照大神に賜い、「高天原(たかまがはら)を知らせ(治めろ)」と命ぜられました。

次に、月読命(つくよみのみこと)には「夜之食国(よるのおすくに)つまり夜の世界を知らせ(治めろ)」と命ぜられました。

最後に、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)には海原(うなばら)を知らす(治める)ように命ぜられました。しかし、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)は国を治めずに泣いてばかりいらっしゃいました。嵐の神なので、激しい雨と風を起こして木々が流れて枯れ山になっていたりしていたのです。伊耶那岐神は建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)に尋ねました。

「どうして国を治めずに泣いているのか?」

すると、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)は答えられました。

「私は亡き母の国に参りたいのです。だから泣いているのです。」

亡き母の国とは伊耶那美神がいらっしゃる国のことです。もちろん建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の母は伊耶那美神ではありません。それを聴いた伊耶那岐神はお怒りになり、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)を追放してしまいました。

追放されてしまった建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)はどうなってしまうのでしょうか?物語(神話)の続きはこちらのリンク先で!

参考サイト

黄泉の国 | 神社本庁
黄泉の国日本の国土ができると、伊邪那岐命いざなぎのみことと伊邪那美命いざなみのみことは多くの神さまを生みました。ところが最後に火の神さまを生むと、伊邪那美命は大火傷を負って亡くなってしまいました。悲し…

 

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