【スペイン法】スペインの内閣総理大臣の指名の手続きを解説

スペインにおける内閣総理大臣の指名の手続きについて スペイン法入門
スペインにおける内閣総理大臣の指名の手続きについて
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執筆: 加代 昌広 (KÁSHIRO Masahiro)

今回は、スペインにおける内閣総理大臣の指名の方法について解説をしていきたいと思います。

スペインの内閣総理大臣の指名の手続きは日本のそれとは大きく異なります。

  1. 日本における「天皇」と比べると、スペインの「国王」は指名手続きの前面に出てくる。
  2. スペインの議院内閣制については、内閣は下院(衆議院)に対して責任を負う。
  3. スペインでは首班指名において過半数を取れなかった時の手続きが憲法上に細かく明記されている。

といった点に違いが出てきます。

なお、ここに掲げられたスペイン憲法の条文は、BOE[国家官報: BOLETÍN OFICIAL DEL ESTADO]に掲載されている憲法の条文から抜粋したもので、邦訳は「スペインハンドブック」(三省堂・1982年)所収の黒田清彦先生の「憲法」の邦訳(454頁から499頁)を元にしました。できるだけ法令用語を用いるようにしましたが、わかりやすさを重視した点もあるので、やや法令用語の使い方について不正確な部分もあるかと思います。その点についてはご了解を頂けたらと思います。

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スペインにおける議院内閣制の特徴 – 日本法との比較

スペインにおける議院内閣制(régimen parlamentario)の大きな特徴は、内閣の存立が下院の信任に基づいているという点です。

この点、日本における議院内閣制を比較すると、日本は国会に対して責任を負っているという点で大きく異なっています。根拠条文は日本国憲法第67条で、「内閣総理大臣の指名」の規定の中で「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。」と規定されています。

以下、スペインの内閣総理大臣の指名の手続きを概観することで、スペインにおける議院内閣制の特徴の皆さんに掴んでいただければと思う次第です。

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スペインの内閣総理大臣の指名のプロセス – 順調に手続きが進んだ場合

スペインにおける内閣総理大臣の指名のプロセスは、「1978年スペイン憲法」の第99条に存在します。

「1978年スペイン憲法」の第99条第1項「国王による内閣総理大臣の候補者の推挙」

まず「1978年スペイン憲法」の第99条第1項の条文を確認しましょう。

Después de cada renovación del Congreso de los Diputados, y en los demás supuestos constitucionales en que así proceda, el Rey, previa consulta con los representantes designados por los Grupos políticos con representación parlamentaria, y a través del Presidente del Congreso, propondrá un candidato a la Presidencia del Gobierno.

下院の改選の場合及び憲法に定められたその他の場合において、国王は国会で代表される政治団体によって指名された代表者と事前に協議し、下院議長を通して内閣総理大臣の候補者を推挙しなければならない。

「1978年スペイン憲法」第99条第1項より

内閣総理大臣の指名のプロセスにおいて日本の現行憲法で天皇が登場する場面は一番最後の「任命」だけですが、スペインにおいてはいきなり国王が手続きに登場します。ただ注意しなければならないのは、国王が自らの意思によって内閣総理大臣の候補者を推挙するのではないという点です。国王はあくまで儀礼的にプロセスに参加しているに過ぎない点は注意すべきです。実務上では、選挙の後に下院において最多議席を獲得した政党の代表が指名されます。

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「1978年スペイン憲法」第99条第2項・第3項「下院における信任を得る」

さて、続きの手続きを見ていきましょう。

El candidato propuesto conforme a lo previsto en el apartado anterior expondrá ante el Congreso de los Diputados el programa político del Gobierno que pretenda formar y solicitará la confianza de la Cámara.

前項の規定に従って推挙された候補者は、下院に対して自らが樹立しようとする内閣の政治綱領を提示して、下院の信任を求めなければならない。

「1978年スペイン憲法」第99条第2項より

実務上は、選挙の後に下院において最多議席を獲得した政党の代表が下院の信任を得ます。「信任」といってもどのような信任を得られればよいのかと言うと、それが「1978年スペイン憲法」の第99条第3項の前段に書かれています。その部分を抜粋してみます。

Si el Congreso de los Diputados, por el voto de la mayoría absoluta de sus miembros, otorgare su confianza a dicho candidato, el Rey le nombrará Presidente.

下院がその総議員の絶対多数の投票によって前項の候補者を信任した場合には、国王は当該候補者を内閣総理大臣に任命しなければならない。

「1978年スペイン憲法」第99条第3項前段より

ここで言う「絶対多数」とは、院内の総議員における過半数という意味です。出席議員の過半数ではないので、通常の法案の議決などよりも重い議決要件を課している点は注目したいところです。他方、日本は衆議院及び参議院において内閣総理大臣の指名がなされますが、議決要件そのものが厳格化されていない点は比較法の観点として興味深いです。

また、日本における内閣総理大臣の指名のプロセスと異なる点として必ず見ておきたいのは、誰の信任を得なければならないのか?という点です。条文の主語と述語だけに注目すると、「下院が信任した場合」と書いてあります。スペインは上院と下院の二院制を採用していますが、そのうちの下院のみが内閣総理大臣の指名のプロセスに参加している点です。つまり、スペインにおける内閣は下院にのみ責任を負っている点で日本とは異なるのだという点に注目したいのです。日本は国会に対して責任を負います(日本国憲法第66条第3項)。ちなみに、上院については「地域を代表する議院である」ことが1978年スペイン憲法第69条第1項において定められています。具体的な役割については別稿で解説してみたいと思います。

「1978年スペイン憲法」第99条第3項前段「国王による任命」

下院において、内閣総理大臣の候補者に対して絶対多数による信任が得られると、国王はその者を内閣総理大臣に任命しなければなりません。この点において、日本における内閣総理大臣の指名のプロセスにおける天皇の役割と同一であると言ってもよいでしょう。

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スペインの内閣総理大臣の指名のプロセス – 順調に手続きが進まなかった場合

ここまでは内閣総理大臣の指名の手続きが順調に進んだ場合について概観しましたが、ここからは手続きが順調に進まなかったケースについて解説していきます。具体的には、下院において候補者の信任投票につき絶対多数の議決が通らなかったケースです。

「1978年スペイン憲法」第99条第3項後段「下院による絶対多数の議決を得られなかった場合」

まずは、「1978年スペイン憲法」第99条第3項の後段を見てみます。

De no alcanzarse dicha mayoría, se someterá la misma propuesta a nueva votación cuarenta y ocho horas después de la anterior, y la confianza se entenderá otorgada si obtuviere la mayoría simple.

投票が絶対過半数に達しない場合において、同じ内容の信任投票を前回の投票から48時間後に再度投票に付し、単純過半数を得た場合に信任が認められたものとみなされる。

「1978年スペイン憲法」第99条第3項後段より

手続きについては条文のままです。最初の信任投票と48時間後の信任投票と異なるのは、その議決要件が単純多数決になっているという点です。つまり、総議員の過半数ではなくて出席議員の過半数になっているという点です。ちなみに、スペインの国会における議院の定足数は「議員の過半数」であるとされていて(「1978年スペイン憲法」第79条第1項)、日本のそれとは異なります。

日本における議院の定足数について

「1978年スペイン憲法」第99条第4項・第5項「それでも内閣総理大臣候補者の信任がされなかった場合は!?」

ここまでスペインにおける内閣総理大臣の指名の手続きを見てきましたが、それでも信任されないケースが存在することを想定して、「1978年スペイン憲法」第99条第4項では以下のような規定を置いています。

Si efectuadas las citadas votaciones no se otorgase la confianza para la investidura, se tramitarán sucesivas propuestas en la forma prevista en los apartados anteriores.

前2項の投票が行われた後に信任が得られなかった場合、続いての信任投票は第3項に定める形式において手続きを進めるものとする。

「1978年スペイン憲法」第99条第4項より

この条文が少し分かりにくいので解説を加えますが、sucesivas propuestasというのは「第2の内閣総理大臣の候補者が推挙され、信任投票を行う」ことを意味します。つまり、一番最初に内閣総理大臣の候補者が信任投票にかけられても第3項までの手続きを経て信任されなかった場合には、第2の内閣総理大臣の候補者が出てきて信任投票にかけられるということです。実務的には、下院における議席数が2番目に多い政党(または会派)の党首が推挙されるケースが多いです。

それでも決まらない場合についても「1978年憲法」には規定が存在します。それが第99条第5項です。

Si transcurrido el plazo de dos meses, a partir de la primera votación de investidura, ningún candidato hubiere obtenido la confianza del Congreso, el Rey disolverá ambas Cámaras y convocará nuevas elecciones con el refrendo del Presidente del Congreso.

最初の信任投票から2ヶ月が経過してもいずれの候補者も下院の信任を得られなかった場合、国王は両院を解散し、国王の副署を以って新たな選挙を行わなければならない。

「1978年スペイン憲法」第99条第5項より

おおよその内容は「1978年スペイン憲法」の第99条第5項の条文に通りですが、違和感があるとすれば、内閣総理大臣の指名の手続きにおいて上院は絡んでいないのに、なぜかここで上院も解散している点です。

この点について、「南山法学」第5巻第1・2号の黒田清彦先生の「スペインの国家体制」という論文の146頁の中で「議院の一体性ないしは選挙結果の等質性の観点から、衆議院と運命を共にするのであると解されている」との指摘があります。

日本の参議院とは異なり、スペインの上院には「解散」があります。さらに、実務慣行上、現行の1978年スペイン憲法下において国政選挙が行われた際には、上下両院は同時に選挙を行っています(小堀眞裕「上下両院同日選挙・別時期選挙に関する日豪理解の違い ―解釈主義によるビリーフの考察―」「立命館法学」2019年 5・6号の74頁所収)。

まとめ

スペインの憲法は、政権樹立までのプロセスを詳細に規定し、国民の代表者の会議体である下院において民意を反映させようという意思が条文から伝わってきます。その方が政権担当者としても安定的な政権運営が果たせるように思います。

他方、政権樹立までのプロセスが難航すると、行政権のリーダーが不在の状態が続くことも意味します。例えば、議院第1政党が過半数を獲得できず、かつ連立政権を組んでも過半数を獲得できないようなケースです。2023年7月に行われたスペイン総選挙がまさにそのケースです。このような場合は、新たな内閣ができあがるまで前内閣が職務を行うことになっています(1978年憲法第101条第2項)が、その内閣は国の政治の空白を埋めるために便宜上に置かれている内閣ですからこの状況が続くことは望ましいことではありません。

他方、日本の憲法は内閣総理大臣が不在の状態を忌避しようとする傾向にあると思います。そのためなのか、衆議院と参議院とで異なる議決をした場合の決着は10日以内にしようという規定になっています(日本国憲法第67条第2項)。

日本とスペインとでは実に対照的な制度設計になっているなぁと感じさせられます。

 

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