「米英両国に対する宣戦の詔書」をわかりやすく解説します

中学歴史
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昭和16年(西暦1941年)12月8日に、日本は米英に対して宣戦布告し、日本海軍はアメリカのハワイの真珠湾を攻撃し、また日本陸軍はマレー半島に上陸してイギリス軍を撃破してシンガポールを目指して進軍を開始。「大東亜戦争」(教科書では太平洋戦争)が開戦しました。

日本がなぜ戦争を行ったのかについて学者や先生がゴチャゴチャ説明をされることがありますが、一次史料に基づいた説明がなされないことがあります。その一次史料とは、この「宣戦の詔書」です。

今回は「米英両国に対する宣戦の詔書」をわかりやすく解説していきたいと思います。

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解説

その1 – 米英に対して宣戦布告をします!

天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝國天皇ハ
昭ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス
朕茲ニ米國及英國ニ對シテ戰ヲ宣ス
朕カ陸海將兵ハ全力ヲ奮テ交戰ニ從事シ
朕カ百僚有司ハ勵精職務ヲ奉行シ
朕カ衆庶ハ各々其ノ本分ヲ盡シ
億兆一心國家ノ總力ヲ擧ケテ征戰ノ目的ヲ逹成スルニ
遺算ナカラムコトヲ期セヨ

天の助けを保有する神武天皇以来の血筋を引き継ぐ大日本帝国天皇(註: 昭和天皇)が、忠誠心に厚く勇敢な国民にはっきりと示します。

私(註:昭和天皇)はここにアメリカとイギリスに対して戦争を行うことを宣言します。

陸海軍将兵は全力を奮って交戦に従事し、すべての公務員は務めに励んで職務に身を捧げ、国民はおのおのがその本分を尽くし、1億人の国民が心を一つにして国家の総力を挙げて、この戦争の目的を達成するにあたって手違いがないように期待します。

その2 – なぜ日本はアメリカやイギリスに対して宣戦布告をしたのか?

抑々東亞ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和ニ寄與スルハ
丕顯ナル皇祖考
丕承ナル皇考ノ作述セル遠猷ニシテ
朕カ拳々措カサル所
而シテ列國トノ交誼ヲ篤クシ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ
之亦帝國カ常ニ國交ノ要義ト爲ス所ナリ
今ヤ不幸ニシテ米英兩國ト釁端ヲ開クニ至ル
洵ニ已ムヲ得サルモノアリ
豈朕カ志ナラムヤ

そもそも、東アジアの安定を確保することで世界の平和に寄与することは、大いなる明治天皇やその偉大な考えを引き継いだ大正天皇がお立てになった遠大なる構想であり、私(註: 昭和天皇)もそれをとても大切に思っているところです。各国と親しくして全ての国の発展をともに喜ぶことは、これまた日本が常に外国とお付き合いをしていく中で最も大切にしているところです。

しかし今は不幸にして米英両国と争い始めようとするに至っています。これは誠にやむを得なかったことであり、どうして私(註: 昭和天皇)が米英と戦うという志を持つというのだろうか(開戦の意志は本意ではない)

その3 – シナ事変(日中戦争)の状況

中華民國政府曩ニ帝國ノ眞意ヲ解セス
濫ニ事ヲ構ヘテ東亞ノ平和ヲ攪亂シ
遂ニ帝國ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ
茲ニ四年有餘ヲ經タリ
幸ニ國民政府更新スルアリ
帝國ハ之ト善隣ノ誼ヲ結ヒ相提攜スルニ至レルモ
重慶ニ殘存スル政權ハ米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尚未タ牆ニ相鬩クヲ悛メス
米英兩國ハ殘存政權ヲ支援シテ東亞ノ禍亂ヲ助長シ
平和ノ美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望ヲ逞ウセムトス

中華民国政府(蒋介石政府)は、日本の本意を理解せぬまま分別なく抵抗を続け、東アジアの平和をかき乱して日本に武器を執らせるに至って4年余りが経過しました。

4年余り前というのが昭和12年(西暦1937年)7月7日の盧溝橋(ろこうきょう)事件を指す。シナ事変(日中戦争)の始まりのことを指します。

幸いにも、国民政府に変わりました。

ここでいう国民政府とは汪兆銘(おうちょうめい)政府のことです。東アジアの平和を中華民国の手によって成し遂げようとしていた蒋介石(しょうかいせき)とは意見を異にし、日本をリーダーとした東アジアの秩序を実現しようとしていました。

日本は汪兆銘政府と仲良くしてお互いに助け合っていこうとしても、重慶に残る蒋介石政府はアメリカ及びイギリスからこっそり助けてもらってこれに頼り、兄弟である汪兆銘政府とまだ相互にせめぎあっています。

「重慶に残る蒋介石政府はアメリカ及びイギリスからこっそり助けてもらってこれに頼り」とは、いわゆる「援蒋ルート」のことである。

米英両国は、蒋介石政府を支援して東アジアの混乱を助長し、平和のために蒋介石政府を支援するという美名にかくれて、実はこっそりと東洋の覇権を握ろうとするけしからん考え方を持っているのです。

その4 – 米英の日本に対する経済断行について

剩ヘ與國ヲ誘ヒ帝國ノ周邊ニ於テ武備ヲ増強シテ我ニ挑戰シ
更ニ帝國ノ平和的通商ニ有ラユル妨害ヲ與ヘ
遂ニ經濟斷交ヲ敢テシ
帝國ノ生存ニ重大ナル脅威ヲ加フ
朕ハ政府ヲシテ事態ヲ平和ノ裡ニ囘復セシメムトシ隱忍久シキニ彌リタルモ
彼ハ毫モ交讓ノ精神ナク徒ニ時局ノ解決ヲ遷延セシメテ
此ノ間却ツテ益々經濟上軍事上ノ脅威ヲ増大シ
以テ我ヲ屈從セシメムトス

米英両国は、それでなくとも同盟国を誘って日本周辺において軍備を増強して日本に挑戦し、さらに日本の平和的な通称に対してあらゆる妨害を加え、ついに経済断行をし、日本の生存に重大なる脅威を加えました。

ここでいう「経済断行」というのは、昭和16年(西暦1941年)8月にアメリカが日本への石油輸出を禁止したことや「ABCD包囲網」などを指している。日本は当時石油の輸入をアメリカに頼っており、対日石油輸出禁止をされると日本は大きな痛手を被ることになります。

私(註: 昭和天皇)は、政府にこの事態を平和のうちに収拾させようとして、じっと我慢をしてきたけれども、米英両国は仲良くしていこうという精神はほんの少しもなく、この状態の解決を先延ばしにして、この間日本はますます経済上や軍事上の脅威が増大し、日本に圧力をかけて従わせようとしています。

その5 – 自存自衛のために戦争を行うのだ!

斯ノ如クニシテ推移セムカ東亞安定ニ關スル帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ歸シ
帝國ノ存立亦正ニ危殆ニ瀕セリ
事既ニ此ニ至ル
帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スルノ外ナキナリ
皇祖皇宗ノ神靈上ニ在リ
朕ハ汝有衆ノ忠誠勇武ニ信倚シ
祖宗ノ遺業ヲ恢弘シ
速ニ禍根ヲ芟除シテ東亞永遠ノ平和ヲ確立シ
以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス

このようにアメリカは日本に対して経済断行をしてきて、東アジアの安定に関する日本の長年の努力(東アジアの安定を確保することで世界の平和に寄与する)は水の泡となり、日本の存立もまた危うくなっています。事態はここまで悪くなっているのです。日本は今や自存自衛のため、決意を持って一切の障害を粉々にするほかはありません。

私たちには天照大御神から続く神様や歴代天皇がいらっしゃいます。私は国民の忠誠心や武勇を信頼し、歴代天皇の遺業を世に広め、速やかに米英をうちたいらげ、東アジアの平和を確立し、もって日本の光栄を保全していきましょう。

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原文

天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝國天皇ハ昭ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス

朕茲ニ米國及英國ニ對シテ戰ヲ宣ス朕カ陸海將兵ハ全力ヲ奮テ交戰ニ從事シ朕カ百僚有司ハ勵精職務ヲ奉行シ朕カ衆庶ハ各々其ノ本分ヲ盡シ億兆一心國家ノ總力ヲ擧ケテ征戰ノ目的ヲ逹成スルニ遺算ナカラムコトヲ期セヨ

抑々東亞ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和ニ寄與スルハ丕顯ナル皇祖考丕承ナル皇考ノ作述セル遠猷ニシテ朕カ拳々措カサル所而シテ列國トノ交誼ヲ篤クシ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ之亦帝國カ常ニ國交ノ要義ト爲ス所ナリ今ヤ不幸ニシテ米英兩國ト釁端ヲ開クニ至ル洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ中華民國政府曩ニ帝國ノ眞意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ東亞ノ平和ヲ攪亂シ遂ニ帝國ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有餘ヲ經タリ幸ニ國民政府更新スルアリ帝國ハ之ト善隣ノ誼ヲ結ヒ相提攜スルニ至レルモ重慶ニ殘存スル政權ハ米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尚未タ牆ニ相鬩クヲ悛メス米英兩國ハ殘存政權ヲ支援シテ東亞ノ禍亂ヲ助長シ平和ノ美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望ヲ逞ウセムトス剩ヘ與國ヲ誘ヒ帝國ノ周邊ニ於テ武備ヲ増強シテ我ニ挑戰シ更ニ帝國ノ平和的通商ニ有ラユル妨害ヲ與ヘ遂ニ經濟斷交ヲ敢テシ帝國ノ生存ニ重大ナル脅威ヲ加フ朕ハ政府ヲシテ事態ヲ平和ノ裡ニ囘復セシメムトシ隱忍久シキニ彌リタルモ彼ハ毫モ交讓ノ精神ナク徒ニ時局ノ解決ヲ遷延セシメテ此ノ間却ツテ益々經濟上軍事上ノ脅威ヲ増大シ以テ我ヲ屈從セシメムトス斯ノ如クニシテ推移セムカ東亞安定ニ關スル帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ歸シ帝國ノ存立亦正ニ危殆ニ瀕セリ事既ニ此ニ至ル帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スルノ外ナキナリ

皇祖皇宗ノ神靈上ニ在リ朕ハ汝有衆ノ忠誠勇武ニ信倚シ祖宗ノ遺業ヲ恢弘シ速ニ禍根ヲ芟除シテ東亞永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス

御名御璽

昭和16年12月8日

各国務大臣副書

現代語訳

天の助けを保有する神武天皇以来の血筋を引き継ぐ大日本帝国天皇(註: 昭和天皇)が、忠誠心に厚く勇敢な国民にはっきりと示します。

私(註:昭和天皇)はここにアメリカとイギリスに対して戦争を行うことを宣言します。陸海軍将兵は全力を奮って交戦に従事し、すべての公務員は務めに励んで職務に身を捧げ、国民はおのおのがその本分を尽くし、1億人の国民が心を一つにして国家の総力を挙げて、この戦争の目的を達成するにあたって手違いがないように期待します。

そもそも、東アジアの安定を確保することで世界の平和に寄与することは、大いなる明治天皇やその偉大な考えを引き継いだ大正天皇がお立てになった遠大なる構想であり、私(註: 昭和天皇)もそれをとても大切に思っているところです。各国と親しくして全ての国の発展をともに喜ぶことは、これまた日本が常に外国とお付き合いをしていく中で最も大切にしているところです。

しかし今は不幸にして米英両国と争い始めようとするに至っています。これは誠にやむを得なかったことであり、どうして私(註: 昭和天皇)が米英と戦うという志を持つというのだろうか(開戦の意志は本意ではない)。中華民国政府(蒋介石政府)は、日本の本意を理解せぬまま分別なく抵抗を続け、東アジアの平和をかき乱して日本に武器を執らせるに至って4年余りが経過しました。幸いにも汪兆銘政府に変わりました。日本は汪兆銘政府と仲良くしてお互いに助け合っていこうとしても、重慶に残る蒋介石政府はアメリカ及びイギリスからこっそり助けてもらってこれに頼り、兄弟である汪兆銘政府とまだ相互にせめぎあっています。米英両国は、蒋介石政府を支援して東アジアの混乱を助長し、平和のために蒋介石政府を支援するという美名にかくれて、実はこっそりと東洋の覇権を握ろうとするけしからん考え方を持っているのです。米英両国は、それでなくとも同盟国を誘って日本周辺において軍備を増強して日本に挑戦し、さらに日本の平和的な通称に対してあらゆる妨害を加え、ついに経済断行をし、日本の生存に重大なる脅威を加えました。私(註: 昭和天皇)は、政府にこの事態を平和のうちに収拾させようとして、じっと我慢をしてきたけれども、米英両国は仲良くしていこうという精神はほんの少しもなく、この状態の解決を先延ばしにして、この間日本はますます経済上や軍事上の脅威が増大し、日本に圧力をかけて従わせようとしています。このようにアメリカは日本に対して経済断行をしてきて、東アジアの安定に関する日本の長年の努力(東アジアの安定を確保することで世界の平和に寄与すること)は水の泡となり、日本の存立もまた危うくなっています。事態はここまで悪くなっているのです。日本は今や自存自衛のため、決意を持って一切の障害を粉々にするほかはありません。

私たちには天照大御神から続く神様や歴代天皇がいらっしゃいます。私は国民の忠誠心や武勇を信頼し、歴代天皇の遺業を世に広め、速やかに米英をうちたいらげ、東アジアの平和を確立し、もって日本の光栄を保全していきましょう。

御名御璽

昭和16年12月8日

各国務大臣副書

 

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