【中学歴史】ギリシアで起こった文明についてわかりやすく解説します

世界の古代文明と宗教のおこり 中学歴史
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今回は、ギリシアの文明についてわかりやすく解説していきます。

教科書にはよく「四大文明」という名前で、「メソポタミア文明」「エジプト文明」「インダス文明」及び「中国(黄河)文明」の4つが紹介されていますが、他にも地中海沿岸で現在のギリシアで起こった文明が存在します。

なお、今回の説明は高校世界史の話を説明の中にたくさん盛り込んでいます。なので、教科書に載っていない用語もたくさん出てきます。

まずは赤字や太字の用語を覚えてください。その上でストーリーを楽しんでもらえたらと思います。

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エーゲ文明についてわかりやすく

ギリシアで起こった文明は、通称「エーゲ文明」と呼ばれ、ヨーロッパで最古のものと言われています。紀元前3000年頃と言われてます。青銅器が使われていました。オリエント地域との交易がさかんでした。

紀元前2000年頃にエーゲ海にあるクレタ島という島で成立しました。これを「クレタ文明」と呼びます。前期エーゲ文明とも呼ばれ、文字が使われていたことが分かっています。紀元前1600年頃に北方からギリシアに流れ込んできた人たちがクレタ文明を滅ぼしてペロポネソス半島(ギリシアの本土)で「ミケーネ文明」を作ります。こちらでも文字が使われていたことが分かっています。ミケーネ文明のことを後期クレタ文明と呼ぶこともあります。

また同じ頃、小アジア(現在のトルコのアジア部分)西北岸においてにおいて「トロヤ文明」が成立しました。

紀元前12世紀頃に「ミケーネ文明」が滅ぼされ、ここから約400年はギリシアは文字のない時代が続きました。しかしこの間にオリエントから鉄器が伝わりました。

実はここまでは中学校の歴史教科書には載っていない内容です。ヨーロッパで最古の文明なのに載っていないのは不思議ですね。高校の世界史ではもうちょっとくわしく勉強します。

ギリシアにおけるポリス世界 – アテネ(アテナイ)を中心に…

中学校の教科書に載っているのはここからです。

紀元前8世紀頃にバルカン半島でギリシア文明が起こります。バルカン半島はギリシアやルーマニアなどがある半島です。ちなみに、先ほど登場したペロポネソス半島はバルカン半島の南端にある半島を指します。

ここではオリエントとは異なって王権が不在の状況です。王がいない国のことを共和国と言いますが、古代文明の時代ではとても珍しいことだったのです。

ギリシアではポリスと呼ばれる小さな都市国家がたくさん作られました。敵が攻めてくることもあります。だから自分たちのポリスは自分たちで守らなければなりません。ポリスの政治を動かすのも市民ですが、軍役も義務として課されます。武器は自分で用意しなければならないため、財産を持つ人しか市民になれず、参政権もなかったのです。

民主制を実現したポリスとしてはアテネ(アテナイ)が知られています。アテネは初めは貴族が政治を独占していました。ポリスが豊かになると武器を購入できる人たちが増えてくるので、参政権を持つ人が増え始めていました。

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紀元前525年にオリエントを統一したアケメネス朝ペルシアが、アテネ(アテナイ)と衝突します。アケメネス朝ペルシアはアテナ(アテナイ)のあるバルカン半島を攻めてきました。3度にわたる「ペルシア戦争」です(紀元前500年から紀元前449年まで)。ギリシアにあったポリスは一致団結します。中心になったポリスはもちろんアテネ(アテナイ)です。アテネ(アテナイ)軍は武器を持たない人たち(参政権のない人たち)が船の漕ぎ手として活躍しました。彼らの活躍でアケメネス朝ペルシアを打ち破ることができました。これを「サラミスの海戦」と言います。時は紀元前480年のことでした。このことがきっかけで、「武器を持たない人たちも立派な兵士だ!」ということになって、全市民に参政権が与えられることとなったのです(アテネ(アテナイ)には奴隷もいましたが、奴隷には参政権はありません)。

市民は月に2回、アゴラと呼ばれる広場に集まって民会を開催し、議論を行った上で投票権を行使するという直接民主制によって政治が行われていました。

アテネ(アテナイ)はこうして他のポリスに負けない高度な文明を築いていきました。しかし、アテナ(アテナイ)の力が大きくなってくるとそれに反発するポリスも現れます。ペロポネソス戦争(紀元前431年から紀元前404年)という内乱が起こったことをきっかけに、ポリスの力は次第に衰えていきます。

紀元前338年に「イロネイアの戦い」でアテナ(アテナイ)と同盟を結んでいたポリスのテーベは、ギリシアの北方から攻めてきたマケドニア王国に敗れました。マケドニア王国はポリスを自分の支配下に置きました。ということは、ギリシアは「王のいない世界」ではなくなりました。こうしてポリスの社会は終わりを迎えました。

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アレクサンドロス大王によるギリシア支配

マケドニア王国はギリシア人による王国です。
そのマケドニア王国に、アレクサンドロス大王が現れます(紀元前336年即位)。

アレクサンドロス大王の時代に、マケドニアは東方遠征を行います。その時に衝突するのはオリエントを支配していたアケメネス朝ペルシアです。

紀元前333年 イッソスの戦い
紀元前331年 アルベラ(ガウガメラ)の戦い

とこのようにマケドニア王国はアケメネス朝ペルシアと衝突し、いずれも勝利を収めます。

そして、あれだけギリシアを苦しめたアケメネス朝ペルシアは紀元前330年に滅亡しました。ギリシアとオリエントがマケドニアという1つの国になったので、オリエントの文化とギリシアの文化が混ざり合っていきました。これをヘレニズム文化と呼んでいます。ヘレニズムというのはギリシア風という意味の言葉です。マケドニア王国の遠征はインダス川沿岸まで進軍し、俗にアレクサンドロス大帝国と呼ばれます。

アレクサンドロス大王の死後、帝国は大きく3国に分かれました。

その後紀元前2世紀から紀元前1世紀にかけて、3国ともローマによって滅ぼされました。

[補講] 荒巻豊志「荒巻の新世界史の見取り図」を紹介します!

このあたりのお話は高校の世界史でくわしく勉強します。

もし中学校のうちにもうちょっとくわしく勉強してみたいなという人は、この参考書を紹介しておきたいなと思います。

荒巻豊志「荒巻の新世界史の見取り図」(東進ブックス)は、大学入試向けの参考書ですが、言葉が平易でとても読みやすく書かれている本です。本当は東大入試とか難関大学で出題される論述対策に使える参考書なのですが、ひとまず暗記なしでストーリーとして読むにはとてもよい本だと思います(論述式って細かい用語よりもなぜ起こったのか?とかストーリーを説明できる力の方が大切なんです)。

興味がある人は読んでみてください!

 

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