執筆 & 訳: 加代 昌広(KÁSHIRO Masahiro)
ポツダム宣言の全文の内容を和訳してみるシリーズです。
今回はポツダム宣言の第6項を和訳してみます。構成は、英文、公式邦訳、試訳とその解説の順になっています。
なお、ポツダム宣言が作成された背景については、「ポツダム宣言の全文をわかりやすく解説してみました」というコンテンツでくわしく解説しましたので、そちらをご覧下さい。
- 英文
- 公式邦訳
- 解説
- ポツダム宣言第6項の「world conquest (世界征服)」という文言は「連合国の政治的意図」であると日本政府が答弁する!
- まとめ – 「ポツダム宣言」第6項試訳
英文
(6) There must be eliminated for all time the authority and influence of those who have deceived and misled the people of Japan into embarking on world conquest, for we insist that a new order of peace, security and justice will be impossible until irresponsible militarism is driven from the world.
公式邦訳
六、吾等ハ無責任ナル軍国主義カ世界ヨリ駆逐セラルルニ至ル迄ハ平和、安全及正義ノ新秩序カ生シ得サルコトヲ主張スルモノナルヲ以テ日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ツルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレサルヘカラス
解説
ポツダム宣言の第6項は1文で構成されていますが、とても長いので、1文を分けて解説を加えたいと思います。
There must be eliminated for all time the authority and influence of those who have deceived and misled the people of Japan into embarking on world conquest
述部”There must be eliminated for all time”について
eliminateは「~を削除する」という意味の他動詞です。公式邦訳では「除去する」と書いてありますね。ここではそのまま「除去する」という言葉を採用します。There must be eliminatedで、「除去されなければならない」と訳しておきましょう。いわゆる「There is (are) ~構文」と呼ばれるものです。for all timeは副詞句で「ずっと」という意味で、まとめると「永久に除去されなければならない」という意味になります。述部の訳はこれでだいたいよいでしょう。
主部”the authority and influence of those who have deceived and misled the people of Japan into embarking on world conquest”について
では主語(主部)はどの部分なのかというと、There must be eliminated for all timeの後の部分であるthe authority and influence of those who have deceived and misled the people of Japan into embarking on world conquestです。ここから主部の解釈に入ります。
the authority and influenceは、「権力と影響」と訳しておきましょう。
those who …という形で「…の人々」という訳になります。ここからは関係代名詞whoの中身を見ていきます。
deceiveは「~を欺く」という動詞。
andでつながります。andを見たら何と何を繋いでいるのかを即座に判断できなければなりません。それはもちろん本文中の言葉をそのまま使えばmisledです。ここは単なる過去形ではなくて現在完了形を使っているという点も注意しましょう。「今までそんなふうにしてきた」というニュアンスが入ります。have deceived and misledで「欺き、惑わしてきた」と訳しましょう。
何をそうしたのかというと、the people of Japanです。「日本国民を」です。
日本国民をどのように欺き、惑わしたのかというとそれがinto以下です。ここはmislead A into Bという語法が分かるとスムーズに訳読できます。「Aを惑わせてBさせる」という意味です。ここではdecieveもくっついているので、「日本国民を欺き、惑わしてきたのである」となります。
話を戻してinto以下を細かく見ていきます。intoのすぐ後ろにあるembarkという動詞ですが、embark on ~で「~に乗り出す」とか「~に着手する」というコロケーションでよく使われる動詞です。embarkは大学受験の英単語帳にも出ています。何に着手するのかというと、world conquestつまり「世界征服」です。into以下だけで訳すと、「世界征服に着手する」という意味になります。
関係代名詞節の中をまとめると、「日本国民を欺き、惑わせて世界征服に着手させてきた」と訳すのがよいでしょう。
ここから主部をまとめていきます。主部は、「日本国民を欺き、惑わせて世界征服に着手させてきた者たちの権力と影響力は…」となります。
forの前の主部と述部の部分をまとめると、「日本国民を欺き、惑わせて世界征服に着手させてきた者たちの権力と影響力は永久に除去されなければならない」という意味になります。
for we insist that a new order of peace, security and justice will be impossible until irresponsible militarism is driven from the world.
英文解釈
forが接続詞で使われています。「というのも」という感じで文を繋ぎましょう。理由を表す等位接続詞です。文と文しかつなぎません。等位接続詞を覚えるときのマジックワード、FANBOYSを押さえておくとよいですよ。For, And, Nor , But, Or, Yet, So という等位接続詞の頭文字を取るとできます。横山雅彦先生に教わりました。
we insist that S+V…で、「that以下のことを主張する」と言っています。a new order of peace, security and justiceまでがthat節の中の主語ですね。「平和、安全及び正義という新秩序は」という訳です。
orderは大学受験でも出てくる多義語ですが、原義は「秩序を与えること」です。食べたいものに秩序(順番)を与えるところから「注文」という意味で使われるようになったそうです。話を戻しましょう。
will be impossibleで「不可能である」という意味。
until irresponsible militarism is driven from the worldについてですが、irresponsibleは「無責任な」という形容詞、militarismは「軍国主義」、drive A from Bで「AをBから駆逐する」という意味になります。文ではこれが受動態で使われているので、「AがBから駆逐される」という形になっています。ココまでを訳すと、「無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまで」という訳になります。
for以下をまとめて訳すと、「というのも、私たちは、平和、安全及び正義という新秩序は、無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまで実現不可能であると主張するからなのです」といった感じになると思います。私たちと主張するというSVが日本語では離れてしまうので、「私たちは」を「主張する」の直前にくっつける形で和訳を完了ということにしておきましょう。
「平和、安全及び正義という新秩序」とは?
さて、ここで訳の中に登場する内容についてコメントしておきたいと思います。それは、「平和、安全及び正義という新秩序」という部分です。具体的には、昭和16年(西暦1941年)8月14日にアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領とイギリスのチャーチル首相との間で締結された「大西洋憲章」のことを指します。この中で、第2次世界大戦後の新しい国際秩序について話し合いがもたれました。
後の「国連憲章 (Charter of the United Nations)」の土台になりました。
訳はこれで終了しましょう。ここでまとめに入っていいのですが、world conquestという言葉についてはもう少し考察をする必要があるので、ここからはその解説に入ります。
ポツダム宣言第6項の「world conquest (世界征服)」という文言は「連合国の政治的意図」であると日本政府が答弁する!
では具体的な解説に入っていきます。
平成27年(西暦2015年)6月5日の閣議にて、この条文のworld conquest(世界征服)という文言は、連合国の政治的意図を表明したものであるとする答弁書を決定することが報道されました。
内容を具体的に見ていきます。
平成27年5月29日に、当時存在していた次世代の党という政党に所属されていた和田政宗議員が以下の内容について政府に対して質問をしています。該当箇所を抜粋してみます。
「世界征服」とは何を意味すると政府は認識しているのか、具体的に明示されたい。また、政府は、同宣言で記された「今次ノ戦争」の目的が「世界征服」であることを認めるのか否か、具体的な理由と共に明示されたい。
質問主意書https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/189/syuh/s189146.htm
これに対して、政府は以下のように答弁書を出しています。
ポツダム宣言第六項は、その当時の連合国側の政治的意図を表明した文章であり、その詳細について政府としてお答えする立場にないが、我が国は同宣言を受諾して降伏したものである。
質問主意書に対する答弁書 https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/189/touh/t189146.htm
なお、日本が先の対戦を行った目的について、日本側の立場では「米英両国に対する宣戦のご詔勅」において「自尊自衛のための戦争」であると述べています。
最後に、「ポツダム宣言の効力はいつまで及んでいたのか?」についても和田議員は質問主意書において政府に答弁を求めました。質問主意書の該当部分を抜粋します。
「講和條約ができた以上は、ポツダム宣言にかわるものであり、従つてポツダム宣言は効力を失する」との吉田総理の答弁(昭和二十六年十月十八日衆議院平和条約及び日米安全保障条約特別委員会)があるが、現在における政府の認識も、「ポツダム宣言は効力を失する」との認識でよいのか、政府の見解を具体的に明示されたい。また、「ポツダム宣言は効力を失する」との認識であるのであれば、同宣言第六項の「世界征服ノ挙ニ出ツルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレサルヘカラス」及び第八項の「「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルヘク」についても、効力を失すると認識してよいのか、政府の見解を具体的に明示されたい。
質問主意書https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/189/syuh/s189146.htm
これについての政府の答弁書はこちらです。
ポツダム宣言は、日本国との平和条約(昭和二十七年条約第五号)により連合国との間で戦争状態が終結されるまでの間の連合国による我が国に対する占領管理の原則を示したものであり、同宣言の効力は、同条約が効力を発生すると同時に失われたと認識している。
質問主意書に対する答弁書 https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/189/touh/t189146.htm
「ポツダム宣言」の効力は、サンフランシスコ平和条約が締結されたことによって失われたと書いてあります。政府見解であらためて確認されました。
先の大戦に日本側が乗り出したのは、「終戦の御詔勅」でも昭和天皇が仰っている通り、「決して世界征服のためではない」ので、その点について「日本が世界征服とか世界征服とか領土的野心があって戦争に乗り出した」と解説されている諸々の主張は政府によって否定されていることを知っておきましょう。
まとめ – 「ポツダム宣言」第6項試訳
話が長くなりました。
ポツダム宣言第6項の1文をまとめると以下のような訳ができあがります。
日本国民を欺き、惑わせて世界征服に着手させてきた者たちの権力と影響力は永久に除去されなければなりません。というのも、平和、安全及び正義という新秩序は、無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまで実現不可能であると私たちは主張するからなのです。
次は第7項の解説を行います。