日本の歴史の流れをつかむ——時代の流れを通して歴史を学ぶ“最初の一歩”

日本の歴史の流れを一気に整理 歴史の全体構造
日本の歴史の流れを一気に整理
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このページでは、中学校で学ぶ歴史の流れをもとに、高校でも役立つ“日本の歴史の見取り図”を整理します。

日本の歴史を学ぶうえで最初に必要なのは、年号やできごとの丸暗記ではなく、時代の順番とつながりをしっかり押さえることです。

歴史の勉強は、試験対策の観点から見ても、時系列に沿って出来事を整理し、「なぜそうなったのか」という因果関係を理解することにあります。

東進ハイスクールの金谷俊一郎先生の著書『金谷の日本史「なぜ」と「流れ」がわかる本』というタイトルにもあるように、「なぜ」と「流れ」は歴史を学ぶ鍵なのです。

もっと言えば、歴史とは物語(story)です。Historyの語源に“story”が含まれているように、歴史はご先祖さまたちが築いてきた壮大な物語です。登場人物の立場に立ち、時には対立する人物や国の視点にも立って、歴史を読み解いてみましょう。すると、教科書の背後にある人々の苦労や喜びが浮かび上がってきます。

そして、時代の流れを理解するためには、まず時代の名前を覚えることが欠かせません。

このページでは、時代名をスラスラ言えるようになることを目標に、日本の歴史の大まかな流れを整理していきます。

歴史の流れを大づかみに押さえることの必要性

中学校の歴史の教科書では、日本の歴史だけでなく世界のさまざまな国の歴史も扱うため、全体の流れがつかみにくく感じることがあります。

しかし、歴史というのは本来、時間の流れの上に築かれた人間の記録です。

どんな時代の出来事も、前の時代からの積み重ねや変化の結果として起こっています。だからこそ、細かい知識を覚える前に、時代の順番とつながりをしっかりと押さえることが大切です。

これができていないと、どんなに人物名や出来事を暗記しても、「それがどの時代の、どんな意味をもつできごとなのか」が見えなくなってしまいます。

高校で学ぶ「日本史探究」でも、流れをつかむ力は最初に問われます。たとえば入試問題の並び替え問題は、単なる暗記を試すものではなく、因果関係の理解や時代の感覚を問う問題でもあります。

時代を大づかみに整理できていれば、こうした問題にも自然と対応できるようになります。

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時代名を順番に暗記する

日本の歴史の全体像をつかもう

ここでは、日本の歴史を大まかな流れで整理してみましょう。

日本の歴史は、単に政治の変化や制度の移り変わりだけでなく、天皇を中心とした国家の歩みとして見ていくことが大切です。

どの時代にも、天皇のご存在は日本という国の「つながり」の中心にありました。

その上で、歴史の大きな流れを「国の統一のあり方」という観点から見ていくと、次のように整理することができます。

中学歴史の全体構造
国史[日本史]の大きな流れ

まずは順番に時代の名前を言えるようにすることです。これを第一の目標にします!息を吐くように瞬時に言えなければなりません。これが言えずして歴史の勉強をやるのはおこがましいと言っても過言ではありません。

と言っても、単純暗記を一度に大量に行うと、時代の名前を言えるようにするという目標を達成することは困難になります。そこで次のように時代名を分けて暗記をすること、効率的に覚えることができます。

🟢 統一国家の成立へ

  • 旧石器時代
  • 縄文時代
  • 弥生時代

🟣 朝廷による統一の時代

  • 古墳時代
  • 飛鳥時代
  • 奈良時代
  • 平安時代

🔵 武家による統一の時代

  • 鎌倉時代
  • 室町時代
  • 安土桃山時代
  • 江戸時代

🟠 近代国家による統一の時代

  • 明治時代
  • 大正時代
  • 昭和時代
  • 平成時代
  • 令和時代

これらの時代区分を見ていくと、日本の歴史は、さまざまな形で国をまとめようとする試みの連続であったことがわかります。

その中心には、いつの時代にも天皇という存在が国家の正統性を示す柱として在り続けたという事実があります。

日本型ガヴァナンスの図
日本型ガヴァナンスの図

政治の実権を担ったのは時代によって異なります。たとえば、平安時代では摂政や関白が、鎌倉時代から江戸時代までは征夷大将軍が、そして明治時代の中頃以降現在までは内閣総理大臣がその役割を果たしています。しかし、これらの地位はいずれも天皇のご意思や任命によってその権限が与えられたものであり、どの時代においても、国をひとつにまとめる理念の根には天皇のご存在があったという点が、日本の歴史の大きな特徴です。

さて、ここからは、全部を暗記しなければならないわけではありませんが、簡単に我が国の歴史(国史)を説明したいと思います。

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統一国家の成立へ

日本列島ができる以前はユーラシア大陸と陸続きでした。これが旧石器時代

旧石器時代とはどのような時代なのかを簡単にまとめてみました

ところが今から1万数千年前に地球が温暖化すると気温が上がると海面が上昇しました。するとユーラシア大陸と日本列島は切り離され、現在の日本列島の原形が作られます。この時期に日本列島では縄文土器と呼ばれる土器が作られました。この時代が縄文時代です。

縄文時代の生活の様子をわかりやすくまとめてみました

紀元前500年頃になると九州で稲作が始まりました。これが縄文時代の末期の頃だと言われています。

時代は進んで弥生時代になります。紀元前3世紀頃のできごとです。稲作のために人々は水田を作り、みんなで協力し合います。ムラ(村)が作られます。稲作によって食料が豊かになると人口が増えます。ムラ(村)同士で交流もありましたが、一方で水田にひく用水や収穫物をめぐって争いごとも起こりはじめました。やがて、ムラ(村)同士がまとまって小さなクニ(国)ができます。稲作は共同作業になるので指導者が現れました。

弥生時代の流れを簡単にまとめてみました

朝廷による日本の統一

やがて、日本は大和朝廷という大きな国家へと成長していきます。その過程の現れが日本各地にある古墳の存在です。3世紀の後半頃のできごとで、古墳時代と呼ばれます。

古墳時代とはどのような時代なのかをまとめてみました

朝鮮半島から日本に仏教が伝来すると、特に大きく力を握ったのが蘇我氏です。時の天皇であった第33代の推古天皇や摂政の聖徳太子とともに政治が行われます。飛鳥時代の始まりです。今後の日本の政治のあり方に大きな影響を与えた時代です。

飛鳥時代はどのような時代なのかをまとめてみました

皇位をめぐった争いごともありましたが、西暦710年に現在の奈良県奈良市に大きな都ができました。これが平城京。奈良時代の始まりです。奈良時代は政治の実権をめぐって争いごとがたくさんあったり疫病が流行ったりもした時代でした。そんな中で仏教の力を使って国家の安寧を祈った天皇がいらっしゃいました。第45代の聖武天皇です。奈良にある東大寺の大仏はこの頃に建立されました(現存しているモノは別の時代に作られたもの)。

奈良時代をわかりやすくまとめてみました

しかし仏教の勢力が強くなりすぎると、天皇中心の政治がやりにくくなります。仏教勢力が政治に口を出してきたからです。そこで、第50代の桓武天皇が西暦794年(延暦13年)に現在の京都府京都市に都を移しました。これが平安京。平安時代の始まりです。政治の世界では藤原氏が力を付けていきます。

西暦894年(寛平6年)に菅原道真によって遣唐使が廃止されると、国内では独自の文化が発展します。これが国風文化と呼ばれる文化が発達します。仮名文字が広がっていったのもその時期です。平安時代中期の11世紀初めには藤原道長という人物が政治の実権を握りました。

平安時代の流れをわかりやすく解説してみました

平安時代中期ぐらいになると、武士が台頭してきました。源氏と平氏です。もともとは皇族や貴族を守っていた人たちです。彼らがいないと争いごとが解決できませんでした。だから台頭してきたのです。

武家による統一の時代

平安末期には天皇の位を譲った上皇が政治の実権を握りました。院政と言います。その中で武士の一大勢力の1つである平氏が力を握ります。平清盛は武士では初めて太政大臣という位に就きました。

しかしこの政治に不満を持つ人たちがある人を担ぎ上げます。源頼朝です。源頼朝は西暦1192年(建久3年)に第82代の後鳥羽天皇から征夷大将軍に任じられました。鎌倉時代です。征夷大将軍の元で組織化されますが、その中で力のあった武士がいました。北条氏です。源頼朝が死亡すると、北条氏が幕府の政治の中心になります。執権政治と言います。鎌倉時代には中国(チャイナ)の王朝であった元という国が日本を襲い(元寇と言います)、国家の危機となりましたが幕府の中心人物であった北条時宗がこれに対処しました。これによって幕府の中の北条氏の求心力が高まるとこれに反発する力も出てきます。

北条氏の政治に不満を持った武士や第96代の後醍醐天皇は討幕運動を行います。西暦1333年(元弘3年)に鎌倉幕府は滅亡しました。

鎌倉時代ってどんな時代なのか?を解説してみました

その後、後醍醐天皇による「建武の新政(建武の中興)」という天皇中心の政治を行いましたが、武士たちが反発して失敗します。さらに朝廷が2つに分かれてしまうという悲しいできごとがありました。南北朝時代です。後醍醐天皇は現在の奈良県の吉野というところに朝廷を置き(南朝)、足利尊氏が光厳天皇を立てて京都に朝廷を置きます(北朝)。

そのような中、足利尊氏が北朝初代の光厳天皇から西暦1338年に征夷大将軍に任じられます。室町幕府です。室町時代が始まります。南北朝時代は継続したまま室町時代が始まります。南北朝時代が終わったのは西暦1392年(明徳3年)、室町幕府の征夷大将軍は3代将軍の足利義満になっていました。

室町幕府は経済的にも軍事的にもあまり強くなかったため、安定した時代ではありませんでした。西暦1467年(応仁元年)に応仁の乱が京都で起こってから戦国時代に突入します。戦国大名と呼ばれる武将たちが実力で領地を支配する時代に突入しました。

室町時代の流れをわかりやすく解説してみました

そのような中で台頭してきたのが織田信長でした。織田信長は室町幕府を西暦1573年(天正元年)に滅ぼしました。その後豊臣秀吉に天下が移りました。この時代を安土桃山時代と言います。

安土桃山時代と江戸時代の大まかな歴史の流れを解説してみました!

豊臣秀吉が死亡すると再び戦乱となりましたが、徳川家康がこれを押さえて、西暦1603年(慶長8年)に第107代の後陽成ごようぜい天皇から征夷大将軍に任ぜられました。江戸幕府が開かれます。江戸時代の始まりです。江戸時代は西暦1867年(慶応3年)まで続きました。

近代国家による統一の時代

江戸時代はキリスト教徒による日本進出を抑えるために国交を制限していました(鎖国)。

ところが、江戸時代末期にイギリスやロシアやアメリカなどが次々に日本周辺に出没し始め、やがてこれらの国との貿易を始めました。

江戸幕府が滅亡して、西暦1868年(明治元年)から始まるのが明治時代。イギリスやフランスやドイツなどの欧米諸国は工業化に成功して力を付けていました。日本は欧米の進んだ技術を積極的に取り入れました。また、政治システムも欧米のものを採り入れつつ伝統も大切にしました。

明治時代とはどのような時代なのか?あらましをわかりやすく解説しました!

日清戦争や日露戦争を経て、日本は欧米と肩を並べるぐらいまでになりました。

第122代の明治天皇が崩御ほうぎょ(天皇陛下がお亡くなりになること)され、第123代の大正天皇が即位されました(西暦1912年)。大正時代の始まりです。第一次世界大戦を経て日本は世界の国々を代表する国の1つになっていきました。

大正天皇が崩御され、続いて第124代の昭和天皇が即位されます(西暦1925年(昭和元年))。我が国は複雑な国際事情や国内の大不況などの影響で政情が不安定になりました。次第に国際社会から孤立することを余儀なくされ、ついに大東亜戦争(日中戦争・太平洋戦争)が勃発します。我が国を守るためにイギリスやアメリカや中華民国と勇敢に戦いましたが、西暦1945年(昭和20年)に日本は敗戦。GHQに占領されました。西暦1951年(昭和26年)にサンフランシスコ講和条約が結ばれて翌年日本は独立。戦後体制の中で国際的なポジションは決して恵まれない中でも経済復興を果たしました。

日本の独立をめぐって大きく貢献してくださった昭和天皇が崩御された後は現在の上皇陛下が天皇として即位。平成時代です。阪神大震災や東日本大震災など大きな震災やバブル経済が崩壊して不況が長く続きました。

平成時代の末期には、天皇の位を江戸時代の光格天皇以来の生前の譲位が行われました。

そしてボクらの時代の令和時代。このようにして命のバトン、国づくりのバトンを引き継いできて、今度は自分たちが日本をつくって次世代に受け渡す番です!

まとめ

こうして見てくると、日本の歴史とは、ただ過去の出来事を並べた年表ではなく、人々が国をまとめ、未来へと受け継ごうとしてきた物語であることがわかります。

その中心には、いつの時代にも天皇のご存在があり、国の統一と再生の理念を象徴してこられました。時代は変わっても、そこに生きる人々の思いや努力が次の世代へと受け継がれていきます。令和の御代みよに生きる私たちもまた、その長い歴史のバトンを受け取る世代です。

「命のバトン」「国づくりのバトン」をつなぐという視点から、過去を知り、今を生き、未来を考える——それこそが、日本の歴史を学ぶ本当の意味なのです。

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